Addict -中毒-
啓人の言葉にちょっと振り返って彼を見ると、彼はやはり背を向けたまま通話をしていた。
だけどガラスに這わせた指先でトントンガラスを叩いている。
私も同じようにガラスに手を這わせた。
堂々と手を繋ぐわけでもない、抱き合ってキスをするわけでもない。
若い恋人との再会だってのに劇的な何かではなく、こうやってガラス越しに背中合わせで手を合わせるだけなのに
何故だか酷く緊張した。
『なぁ、今日はここにいつまで居る?』
そう聞かれて、そろりと向かわせていた指先がぴくりと動いた。
「さぁ、予定ではあと一時間てところかしら。でも長引くかも」
『そ?俺もこれからまた別件の打ち合わせが入ってるんだ。また戻ってくるから
この上で会おうぜ』
“この上”ってのは“客室”を意味している。
軽々しく言ってのけた啓人の言葉に私の指先がまたもぴくりと動き、それでも
その手は彼に重なることなく遠ざかろうとしていた。
「いいわよ。部屋番号は?」
丁度良かった。
私も話があったから。
“終わり”を告げるつもりだった―――
もともと私たちの間に始まりもなかったから、あなたはあっさり受け入れてくれる―――…どころか、
面倒なことを彼自身から斬り捨てるかしら。
答えが分かっていながらも、
何故だか胸が苦しくなった。