Addict -中毒-
黄金比
**黄金比**
近似値は1:1.618、約5:8。
この数値は最も美しい比とされた数字。
啓人の肉体は―――まさに黄金比だ。
教授会の会場に戻ると、夫の蒼介は会場の隅の方でグラスを傾け、今は内科部長と何やら真剣そうに話を繰り出していた。
一方、例の産婦人科の教授は相変わらず夫人たちに囲まれて楽しそうにしている。
場の雰囲気を作るのがうまいというのか、私がさりげなく夫人たちの輪に入ると
これまたさりげない口調で
「ああ、お帰りなさい」とにこやかに気遣ってくれる。
私は作り笑いを浮かべて小さく腰を折ると、さりげなく教授の隣へ移動した。
教授は嬉しそうに頬を綻ばせる。
少し離れた場所で教授夫人がちらりと私の方を見てきて、私はその視線に無言で会釈をしてにっこり笑顔を浮かべた。
私の笑顔に夫人が慌てて同じように会釈を返してくる。その様子を見て
「うちのと仲良くしていただいているようですね」
教授がにこやかに聞いてきた。
「ええ、とても素敵な奥様でいらっしゃいますね。教授が羨ましいですわ」と私はお愛想笑い。
「いやいや、藤枝くんほどじゃありませんよ」
教授はそつのない動きで、またもシャンパングラスをウェイターから受け取り、私に手渡してきた。
私はそのシャンパングラスをやんわりと手で制し、
「お気遣いいただいて大変嬉しく存じますが、少し酔ったようで…
下のラウンジで休ませていただこうかと思っているんですの」
私は僅かに教授に体を寄せ、彼にしか聞こえない小声で…いっそ耳打ちと言った状態だと言っても良い、
「大丈夫ですか?」と教授が心配そうに眉を下げる。
「ええ、ほんの少しの程度ですので。少し座って温かいコーヒーをいただけばすぐに治ると思います。
この場を離れること、お許しくださいね」
私は教授の返答を聞かずに、
「失礼します」と頭を下げて夫人たちの輪から外れた。