ラヴァーズ
雪夢を愛しいと思った出来事がある。

ただ、何気なく、雪夢を見ていた。

「どうかしましたか、井川先輩」

中学生になり、雪夢はオレに敬語を使い、オレを先輩と呼んだ。普通はそこに距離を感じるはずなのに、オレは、ただ愛しさを感じた。雪夢は、敬語を使いだしても、何も変わらなかったからだ。声のトーンも、オレを穏やかに見つめる瞳も、流れるように丁寧な動作も。

「雪夢はさ、悔しくない?」

「なにがですか?」

「ぎりぎり、三月に生まれてこなかったこと」

そう聞くと、雪夢は苦笑した。そして、目尻を下げてオレを見つめ、言った。

「悔しくなんか、ないですよ。井川先輩がいてくれるなら、どうだっていじゃないですか。こうやって生まれてこれただけで、充分です」

その言葉に、並々ならぬ愛しさを感じた。

「恥ずかしいこというな、おまえ」

「あ、そうですか?」

本当に驚いたような顔をするから、照れていたオレはなんだか馬鹿馬鹿しくなって、笑った。





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