ラヴァーズ
「いや、いやぁあ!!」
「おいっ、雪夢!!どうしたんだ!!?」
私は頭を抱えて蹲る娘に駆け寄った。制服は、いつも帰宅した雪夢がちきんと窓際に干す。だから、どこにあるの、というのはおかしかった。
「い、いやぁ!!」
雪夢は体に触れようとした私の手を払い除けて、まるで不審者を見るような目で、私を見た。
「だ、だれ!!!?いや、触らないで!!」
当然私や夫、次女も戸惑って雪夢に近づく。
「どうしたんだ、雪夢。おまえ、まだ夢でもみてるんじゃ…」
「お姉ちゃん?」
「い、いゃ、いやぁああ!!」
泣き喚く娘に、どう対処すればいいのかわからなくなって、途方に暮れた。
そのうち娘は泣き付かれて眠ってしまった。とりあえず、もう一度目を覚ますまで待った。
でも、待ってみても結果は同じだった。
病院に電話すると、心療内科の先生がわざわざ家に来てくれて、目を覚まして怯え切った娘にいくつかの質問をした。
結果、娘は家族や友人、通っていた学校や、ここがどこだ、ということをすべて忘れてしまっていた。
数式や、言語能力、運動能力はまったく害なわれていなかったし、字もかける。物の使い方や、名前もわかるのに、その人が誰だかわからなくなっていた。
その後、記憶喪失と診断された怯え切った娘を病院があずかることになった。
ほんとうの家と家族なのに、娘には他人で見知らぬ人の家になってしまった。
翌日、その病院に行く。
そこで聞かされた、予想以上にひどい事実。
「娘さんは、一日ごとに記憶がリセットされてしまっています」
意味がわからなかった。
「今日あった出来事が、翌日、すべて消えてしまっているのです」
それはつまり、娘の記憶を、戻ることをあきらめたとして、1から私たちが家族だと証明することも、できないということだった。
一日とは、17歳の娘に今まで生きてきた17年間をすべて語るにはあまりにも短い時間だった。