ありふれた恋を。

『弘人先生は、有佐と』

『伊吹ー!早く行くぞー!』


伊吹が言いかけた言葉を、サッカー部の生徒の声がかき消す。



『おう、すぐ行く!じゃあね先生。また昼休みのサッカー行くわ。』

「おう。頑張れよ。」


まるで何も言いかけてなどいなかったように、伊吹は廊下を駆けて行った。

廊下は走るなよ、という教師として当たり前の一言も出せない。

それくらい、伊吹が言いかけた言葉が気になって気になって仕方なかった。


先生は、有佐と…

伊吹は確かにそう言った。


俺が、有佐と。

伊吹は一体何を聞こうとしたのか。

伊吹の中に、俺と有佐を結び付ける何かがあるのだろうか。


倉島に言われた仲が良いということも、伊吹が聞きかけたことも、心当たりがないことが俺の心を波立たせた。

何事もなかったように日々を過ごすということがこんなにも難しかったとは。

何事もなかったようになど、できないのだろうか。


1人きりの空き教室で考えるのは、有佐のことばかりだった。


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