ありふれた恋を。
急いでドアを閉めてしまえば、もう声は聞こえなくなる。
静まり返った部屋に2人、お互い必死で状況を整理しているかのような沈黙が続く。
「ごめん。」
まだ手を掴んだままだったことに気付いて、慌てて手を放す。
『どうしよう。』
手を放した瞬間、有佐が小さく呟く。
こんなに近くにいなければ、聞き逃していたかもしれない。
「有佐、何があった?」
この子は本当に有佐だろうか。
いつも笑顔で俺と話していた、あのしっかり者の。
俯いた横顔に、髪がサラサラと落ちて表情を隠す。
泣いていないか不安だった。
だからそっと手を伸ばし、その髪をすくい上げたのは無意識で。
その髪を耳にかける俺の手を握った有佐も、無意識だったのかもしれない。
『先生に、迷惑かけたくないから。』
手を握る力は決して強くはない。
だけど俺には全ての力でしがみついているような気がして、手を動かすことができなかった。