ありふれた恋を。
『俺は…有佐に言われた通り、まだ心のどこかに前の彼女の存在があるのかもしれない。』
その表情のままそんなことを話し出した先生から、目が離せない。
『でもそれは、まだ好きだからとかじゃない。傷付けられた記憶が消えないだけで…』
「私は、」
自分でも気付かない内に先生の言葉を遮っていた。
「私は、先生を傷付けたりなんてしません。」
この人はこんなにも長い間、ずっとたったひとりの人から付けられた傷を抱え続けている。
「先生に沢山優しくします。傷付けられた記憶なんて全部消えちゃうくらい、優しさだけをあげます。」
先生の中にまだ前の彼女さんが居ても良い、いつかは私の方を向いてくれれば。
そんな風に思っていたけれど、先生の傷は時間でも消してくれないのかもしれなくて。
だったら、私が…。
「絶対、私が彼女さんのことを忘れさせてあげます。」
私が上書きしたい。
先生の中にある彼女さんとの思い出を。
良いことも悪いことも全部、私との思い出に塗り替えて行きたい。