ありふれた恋を。

『有佐…』


ここがお兄ちゃんの部屋だということを忘れたかのように先生が私をぎゅっと引き寄せる。



「先生…お兄ちゃん来ちゃうよ。」

『大丈夫。いつも電話長いから。』


先生の腕の力が強くなって、私はしがみつくようにその腕に身体を委ねる。

大きくて温かくて、このぬくもりをずっと守り続けたいと思えるような…。

先生の腕の中に居ると、そんな安心感に包まれる。


どうしてこんなに自信たっぷりに言えたのか分からない。

私だけが一方的に先生を好きなんじゃないかって、そんな不安が消えたわけじゃない。


先生は全然完璧なんかじゃなかった。


そのことにがっかりなんてしない。

前の彼女さんの話になると暗くなる先生の表情を見ると“先生を救いたい”と思ったあの頃の衝動がよみがえってくるんだ。



『有佐。』


すぐ傍から、先生の優しい声が降ってくる。



『俺には有佐だけだよ。』


その言葉が、強くなる腕の力が、何にも替えられない安心感を私にくれた。



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