ありふれた恋を。
「夏波。」
驚かせないように小さく声をかけたつもりだけど、それでも弾かれたように顔を上げた。
「どうした?」
冷静を装っているけれど鼓動は速く速く打ち続ける。
まだ俺の知らない表情があった。
それは当たり前のことなのかもしれないけど、勝手に夏波は全部を見せてくれていると思っていた。
『何でもないです。』
久しぶりに聞いた敬語。
慌てて作ったような笑顔。
鼓動がさらに速くなる。
「嘘つくなよ。」
すぐ傍まで行くと、座ったままの夏波が俺を見上げる。
その頬に一筋の涙が見えたとき、俺の動揺はピークに達した。
「夏波…?」
もう泣かせないと誓ったのに。
いつも健気に俺を支えてくれている夏波が、ポロポロと涙を流して泣いている。
『本当に、なんでもないんです。』
固まったようにただそこに立ち尽くしている俺を見て慌てたように涙を拭う。
泣かせて、気を遣わせて、無理させて…自分が頼りないことは重々承知だが何かあったのなら少しは頼ってほしかった。