ありふれた恋を。
『悪い。忘れてくれ。』
少しだけ残っていたビールを飲み干し、賢太がクシャっと伝票を掴む。
「賢太。」
なぜとっさに呼び止めたのか、聞きたいことがまだ山ほどあるのに何も言葉にすることができない。
「半分出すよ。」
結局出てきたのはそんな情けない一言だった。
話したことを後悔するような、俺を憐れんでさえいるような視線に耐えられなかった。
賢太は何も悪くないし何も間違っていない。
間違っているのは、なぜ離婚しようとしているのかと聞きたかった俺なんだ。
『弘人。戻ろうとか思うなよ。やっと今の彼女と出会えたんだろ。』
去り際にそう言い残した賢太の声が刺さる。
『絶対傷付けんなよ。』
傷付けたくないに決まってる。
夏波の笑顔をこれからもずっと傍で見ていたい。
夏波をもう泣かせないと決めたのだから。
今すぐ夏波の顔が見たくなって『今から帰る』と連絡しようとしたけれど、先程送った俺のメッセージは既読になっていなかった。