ラフ
「マネージャーさんに、行くっていうたんやろ?やったら行かな」

あやす様に言って聞かせる。
しかし、泉はぶーぶーと納得しない。
仕方ない、と、泉を自分の方に向かせる。

少し見つめあう形になる。
・・・緊張する。

「仕事、ちゃんといかなあかん。ね?」

泉が不満そうな顔をする。
そんな泉に、そっと、軽くキスをした。
キスをする瞬間、恥ずかしくて、ぎゅっと目はつぶっていた。
ホントに一瞬だけだったけど。
恥ずかしくて死にそうになる。

目を開けると、顔を真っ赤にして、ぽかんとしている泉がいた。

「仕事、ちゃんといく?」

聞くと、泉がこくんと頷いた。私はほっと胸をなでおろす。

よかった。私のせいでいかないとかなったらマネージャーさんに殺される。

にっこりと笑って、準備しよう、と泉を寝室に放り込み、準備をさせた。
深めの帽子にめがねをかけた泉。ぱっと見ただけでは、顔がよく分からない。
さすが、有名人。出かけるのも大変なんだなぁ、としみじみと思った。

「行きたくないけど、行ってくる」

よしよし、と頭を撫でる。まるで子犬が尻尾を振っているようだ。

「終わったらすぐ帰ってくる。やから、待っててや!」

肩をがしっとつかんで力強く言ってきた。そんな泉が少し可愛いと感じた。

「うん、ちゃんと待ってる」

にっこり笑うと、泉の顔がまた少し赤くなった。

「いってらっしゃい」

玄関まで見送る。靴を履いて、鍵を開ける泉に、にっこり笑って手を振ると、泉が短くキスをしてきた。

「いってきます」

そういって、家を出て行った。
パタパタと走り去っていく泉の後姿を少しだけボーっと見つめていた。
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