坂道
たったったっ…。



それは誰かが走るような音であった。


その小さな音は少しずつ大きくなり、やがてはっきりと聞き取れるほどの大きさになった。



そして、その音の主は徐々にケンジの視界に入ってきたが、その姿は街灯が逆光となり誰かは分からない。


やがて、その姿が街灯の光から逃れた。



その人物が誰か分かった時、ケンジの心は炸裂した。ケンジは目を疑った。



「!」



ケンジは声にならない悲鳴にも似た声を発し、呆然とガードレールにもたれかかった。



「ケンジくん!」


あの頃の懐かしい声が、立ち尽くすケンジの耳に届いた。



「裕美…!?」


そうとだけ言うケンジの胸の中に、裕美は勢いよく飛び込んだ。



しかし、動転したケンジには、その小さな体を抱きしめることができなかった。


「なんで…、裕美だよな…?お前…、なんで…。」


ケンジの頭は混乱した。




裕美は息を切らしながら、その上気した顔をうずめたケンジの胸から上げると、困惑した表情のケンジの顔を見つめて、興奮したように言った。


「私にもわからないの。でも、ケンジくんの優しい思いが、私に力をくれたのは確かだよ。」


裕美はそう言って満面の笑みを浮かべると、ケンジの体温を確かめるかのように、再びその胸に顔をうずめた。
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