坂道
そんな裕美の笑顔を見ると、ケンジは理由などどうでもよくなった。



確かに裕美はここにいる。


何よりも、ケンジの胸に宿るぬくもりがそれを証明している。



それ以上何が必要なのか。




ケンジは大きく息を吐くと裕美を強く抱きしめた。


「痛いよ、ケンジくん。」


「ああ…、ごめん。」


ケンジはそう謝ってその腕の力を緩めると、久しぶりに会う裕美の顔を覗き込んだ。



その顔は、あの頃よりも明らかに大人っぽくなっていた。



「裕美、大人になったな。」


「ケンジくんこそ。」


誰一人言ってくれなかったその一言を、裕美はさらりと言った。



こんな自然な優しさを持つ裕美のことを、ケンジは大好きだった。



「俺、もう、裕美のぬくもりなんて感じることなんて、絶対に出来ないと思っていた。」


「私もだよ。ケンジくん。」


そう言って笑う裕美の顔を見ると、ケンジは思わず小さな裕美の体を、再び力一杯抱きしめた。



「だから痛いって、ケンジくん。」


裕美はさっきと同じようにそう抗議したが、その顔には満開の笑顔が浮かんでいた。



それ以上、二人には会話はいらなかった。



あの卒業式以来、もうお互いに会えないと思っていた。


いや、常識では会えるはずなどない。




しかし、今、現実が常識を越えた。
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