坂道
六人を乗せた車は、真夜中の海岸沿いの道路を走った。



その間、裕美はただじっと窓の外に見える、星空の光を映し輝く夜の海を見つめながら、自分の命と引き換えに、この幸せな時間を与えてくれた母のことを考えていた。



どんな時も弱音を見せることもなく、ひたすらに働き続けた気丈な母。


小さい頃、少ない休みの日に、裕美の手を引いて海辺に連れてきてくれた優しい母。


運動会の日には、ほかの父親たちに混じって、一生懸命パン食い競争に参加してくれた強い母。



そんな母のことを思うと、今にも涙が溢れそうになる。



「どうした?裕美。」


あまりにも重い沈んだ裕美の様子に、隣に座るケンジが心配そうにその顔を覗き込みながらそう言った。



「ううん。なんでもないよ。」


裕美はそう言ってにこりと笑うと、ケンジはほっとしたように裕美の右手を自分の左手で握った。



その手はあまりにも暖かく、裕美は再び涙がこぼれそうになった。



(この温もりとも、もう2日でお別れなんだ…。)



裕美は言い表せないほどの寂しさに押しつぶされそうになりながら、無理やりに微笑み続けた。



こんなにも笑うのが辛いなんて、今まで気がつきもしなかった。




でも笑わなきゃ。




裕美はちいさな覚悟をその小さな胸に秘めて、歯を食いしばった。
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