坂道
車はどのくらい走ったであろうか。



窓から見える海岸は、やがて防風林にさえぎられ見えなくなり、町並みは裕美が見たこともないものになった。



自転車もなく、隣町に行く電車賃も惜しんで仕事をして生活費に当てていた裕美は、生まれ育った小さな町すら出たことがなかった。


そんな裕美にとって、車で一時間弱ほど走ったこの隣街に来ることとは、もちろん初めての経験であった。



やがて六人を乗せた車は、市街地に入った。



街のあちこちでは、電柱の間に紐を渡して提灯が吊るされ、いくつかの広場に櫓が立てられていた。


心なしか、街を行く人々の顔も弾んで見える。


そんな祭りを控えて活気付く中心街を抜けると、車は海を見下ろす丘の下の駐車場で止まった。



「さて、着いたぞ。」


土門はそう言うと、車のエンジンを切った。


六人は順番に車を降りた。


海からは、湿った風が吹き抜ける。



「うわあ、すごい!」


裕美は思わず嘆声を上げた。



駐車場を囲んだ柵の向こうは、切り立った断崖になっていた。


そのはるか下にある海面には、数十メートルになろうかという巨大な岩が無数点在している。


その岩々には、荒ぶる波が当たっては白く砕け、その光景はそこに居合わせる全員を圧倒した。



「それじゃあ、行こう。」


尾上はそう言うと、駐車場を横切り道路を渡った。



そしてその道路を挟んで目の前にある、斜面に木を埋め込んで作った階段を上り始めた。




その後に五人も続いた。
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