坂道
「あった。」

裕美はほっとした表情を浮かべた。


その苗木は、ケンジの記憶よりも、ふた周りくらい大きくなっていた。


「ねえ、ケンジくん。これを植えたときのこと覚えてる?」

裕美は自分の身長よりやや低い木の傍らにたつと、いとおしそうにその枝に触りながらそう尋ねた。


「もちろん。」

ケンジの返答に、裕美は満足そうに頷いたが、すぐに真顔になった。


「私、あの頃、毎日夢見てた。」

そう言って、裕美は力強い緑色の葉っぱを撫でた。


「何年かしたら、ケンジくんのお嫁さんになって、小さな家を買って、可愛い子供たちに囲まれて、おじいちゃんおばあちゃんになっても仲良く庭を見ながらお茶を飲んで…。」

裕美は葉っぱを離した。


「そしていつか、一緒に覆い繁ったこの木を見に来たいと思っていたんだ。」

裕美はそこまで言うと、ケンジのほうを見た。


「私、そんな、たわいもない夢を見ていたんだ。」

裕美はにっこりと笑った。


「馬鹿でしょ。」

寂しげに見つめる裕美の顔を見て、ケンジの目から涙がこぼれた。


「そんなことない。立派な夢だ。」

さりげなく涙を拭き必死に笑顔を作ってそう言うケンジの姿を見て、裕美の心は暖かくなった。


ケンジの強がりの中に見せる優しさが、何よりも裕美は大好きであった。
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