坂道
その時、裕美の首筋に、何かが落ちた。



それに気がつき、裕美は空を見上げた。



「雪…?」


薄い茶色のダッフルコートに身を包んだ裕美は、右の手のひらを天へと向けた。


その手のひらに、輝く雪が次々に舞い落ちてくる。



「ほんとだ…。」


そう言って、ピーコート姿のケンジも天を見上げると、そのまつ毛に粉雪がゆっくりと舞い落ちてきた。



その雪は限りなく冷たかった。



天から視線を落としたケンジは、目の前にいる裕美に起こっている異変に気がついた。



「裕美…!」


ケンジは、裕美の姿を見てそう叫んだ。



裕美の体は、うっすらと所々が透き通り始めていた。


その体に雪が降り積もるたびに、みるみるその透度を増していく。



「ケンジくん…、怖い。私、本当に消えちゃうんだね。」


残酷な現実を突きつけられて、裕美は脅えたようにそう言った。



「そんなこと、させるもんか。」


そんな様子を見て、ケンジは裕美の頭に積もった雪を必死で払った。




裕美を消していく雪に、必死で逆らうかのように、その体中の雪を払い続けた。




汗びっしょりになって、泣きながら自分をこの世にとどめようとするケンジの姿を見て、裕美はさらに大好きになった。





その優しさは、高校時代と何一つ変わってはいなかった。






「ケンジくん、ありがとう。もういいよ。」


そう言うと裕美は、優しくケンジの手の甲にその小さな右手を当てて、ゆっくり首を振った。



「もう、戻れない。」


そう言う裕美の、穏やかな表情が、ケンジの胸をえぐった。





ケンジは必死で首を振った。
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