坂道
「たまには帰って来いよ。」


「そうそう、故郷を大事にしないからね、ケンジは。」


尾上と香澄はそう言って、右手を出した。



ケンジは少し躊躇したが、大きく頷くと、スポーツバッグを足元に置き、二人の手をまとめて両腕で握った。



「東京でも、がんばれよ。」


土門は、力強くケンジのことを抱きしめ、その背中を軽く手のひらで叩いた。


ケンジも軽く背中を叩いて応えた。



そして、最後に奈央の前に来た。



奈央は涙を一杯に浮かべて、精一杯の笑顔を作って見せた。


「ありがとう。ケンジ君。」


そう言って奈央は、きれいに洗濯したハンカチをケンジに手渡すと、その顔からは満開の笑顔がこぼれた。



「ケンジ君がいなかったら、私、自分を責めて駄目になっていたかもしれない。」


奈央はケンジの顔をまっすぐに見つめながら言った。



それはもう、あのコーヒーショップで泣いていた少女の顔ではなかった。



「そうか。」


「でも、もう大丈夫。」


きっぱりとそう言う奈央に、ケンジが安心したように頷くと、奈央はうれしそうに笑った。



そして、二人はしっかりと握手をした。


奈央はその果てしなく暖かいぬくもりを、一生忘れることはないであろう。
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