月の欠片
心配になって店に戻ると、奥の小さなボックス席に愛美とお客さんは座っていた。
暗くてよく見えないし、二人の会話は聞こえてこない。
(誰なんだろ…あの人?)
愛美は謎が多かった。
昔の話や生い立ちについて話したがらなかった。
水商売の人間は多かれ少なかれ、
人に言えない苦労を抱えた人の集まりだった。
みんな干渉しあわず、話したくないことに首を突っ込む人はいなかった。
私も愛美に何かあるのは感じていても、
それを口に出す事はなかった。
しばらく愛美とお客さんの様子を陰から見ていた。
楽しそうな様子ではなく、お客さんは何かを愛美に話していて、愛美は黙って聞いていた。
そのうち、お客さんは白い封筒みたいなものを愛美に渡した。
愛美は受け取る様子はなかった。
(あれって…もしかしてお金?)
見ちゃいけないと思いつつも、目は愛美から離れなかった。
受け取らない愛美に無理矢理封筒を渡すと、
お客さんは帰って行った。
帰り際に『また来週来るから』って言ったのだけは聞こえていた。