海までの距離
『気をつけて帰れよ。また連絡するから』
「本当…いつも、有難うございます。海影さんは優しいですね」
『そうか?無愛想で有名だという自負があるんだけどな』
それはあながち間違っていないのかもしれない。
海影さんはステージ上では笑わないし、ファンの間でも「何を考えているか分からない」とさえ言われている。
でも、私が知っている海影さんは違う。
意外と熱血で、話が豊富で、優しい人。
「皆さんにも宜しくお伝え下さい」
『分かった。それじゃ』
ぷつりと切れた電話を、そのままぼんやりと見つめていた。
乾いた見知らぬ都会で聞いた海影さんの声。
受験を終えた安堵感の上に、やんわりとのしかかって、じゅわりと心が温まっていく。
たかだか日帰りで東京に来ているだけなのに、心細く思うことなんて何もないのに。
そして5日後。
私は海影さんに、職員室前で歓喜の連絡を特攻していた。