海までの距離
「…そう言ってくれるなら、頼むわ。凪」
桜さんとライさんの関係は、当たり前だけど同じ高校出身の凪さんも知っているらしい。
あれよあれよと、私は凪さんに譲渡された。
「えーと、真耶ちゃんだっけ?案内するね」
紅い唇をきゅっと吊り上げて、整った顔が私を見る。
その顔を柔らかく包むボブはつやつやの栗色で、男の人だってことを忘れちゃいそう。
「あっ、有難うございます!」
凪さんは私達に背を向けてすたすたと歩き出した。
桜さんとライさん、それと擦れ違ったミチさんと派手なお姉さん達に会釈をし、慌ててその後ろを追い掛ける。
狭い楽屋を、細い肢体が歩く。
ヘアスプレーの缶やメイク道具があちこちに散乱し、煙草の煙が充満した楽屋は、あのワゴン車を彷彿させた。
美容院みたいに壁に大きな鏡が沢山かかっていて、歩く凪さんと私を映していく。
自分がここにいる、凪さんと鏡に映っている、それはとても不思議な絵。