海までの距離
「海影君、ライターちゃん来てるよ」
楽屋を抜けたところ、舞台袖に海影さんは40代くらいの女性といた。
何やら真剣な話をしている顔。
だけど、私の顔を見てぱっと表情が変わる。
「おっ、来たか!」
「お疲れ様です、海影さん」
海影さんに飛にびつきたい気持ちを抑え、なるべく涼しげに、私は毅然とした態度を見せる。
凪さんはいつの間にかいなくなっていた。
凪さん、随分マイペースだなあ。
「萩原さん、紹介しますね。こちら久住さん」
「萩原さん」と呼ぶ女性に向き直った途端、海影さんの顔つきが変わる。
静かな、落ち着いた物腰。「大人っぽい」なんてものじゃない。
私の前でも、ステージの上でも、雑誌の中でも見たことがない顔。
その海影さんの様子に、この人がどんな人なのかを重い知らされたような気がした。
「は、初めまして」
この人がディレイ編集部の人間――全身の筋肉が強張る。
「初めまして、萩原です」
そんな私の心情とは裏腹に、その女性はすっと名刺を差し出してきた。