海までの距離


「来なよ、東京。頑張って東京に来たらいい」


信号で停まった車の中、海影は煙草をコーラの缶に押し込んで、正面を向いたまま私にそう言った。
まさかの海影からのエール…。
海影からしてみたら何気ない言葉なのだろうけど、同じ新潟出身で、先に東京を見ている海影からの言葉が、なんだかとても嬉しくて。


「は、はい!頑張ります!」


私はそんな月並みな返事しか言えなかった。
膝の上でぎゅっと鞄を握りしめる。


「…何の目的も無しに来たら何も無い街だけどな」


少しの間の後、海影はぽつりと呟いた。


「目的?」


私は、大学に行くことが目的なんだけど?
海影の独り言は、些か不可解で、私の発言と食い違う。
私の質問を遮るように、海影は再びアクセルを踏んだ。


「…って、受験生に言う言葉じゃねーな。ううん、今は一生懸命勉強頑張りな」


海影が、私の頭の上にぽんと片手を乗せた。
何という不意打ち!心臓が止まりそうだ!


「そうだ。ライブレポート書くんだっけ?」


「よく覚えてますねぇ。あ、そこ曲がって橋を渡って下さい。渡ったら、右で」

「D高の記憶力侮るな?」


ハンドルを切って、海影がにやりと笑んだ。
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