海までの距離



「東京湾にも、アサリなんているんですね」

「びっくりだろ?俺もなんだか嬉しくなっちゃって。ただ、それがもうまずくてまずくて。ありゃアサリじゃねーよ。タニシだったかもしれん」

「タニシは巻貝ですよ」


ふふふ、と私が笑いを零すと、海影さんも隣で笑った。
海影さんがこの水族館の様相を知っているということは、誰かと来たことがあるということ。
彼女?
今、付き合っている人いるのかな?
だけど、そんなことはどうだってよくなっていた。
全く気にしないわけじゃないけど…うん、なんか、どうでもいい。
全部差っ引いて、海影さんが好きだ。
ファン心理も恋愛感情も敬愛も引っくるめて。


「海影さん」


水槽を見つめたまま、海影さんの方を見ないように、私は海影さんの名前を呼ぶ。
水槽に写る自分と、目が合った。


「どうした?」


海影さんも、正面を向いたままだ。


「私、頑張ります。絶対にK大受かって、東京に来てみせます」


海影さんにとっては小さな小さな、私の決意表明。
今更すぎて、改めて熱く語るものでもない。
それでも海影さんは、


「おう」


柔らかく、そう返事をしてくれた。
< 96 / 201 >

この作品をシェア

pagetop