海までの距離
「東京湾にも、アサリなんているんですね」
「びっくりだろ?俺もなんだか嬉しくなっちゃって。ただ、それがもうまずくてまずくて。ありゃアサリじゃねーよ。タニシだったかもしれん」
「タニシは巻貝ですよ」
ふふふ、と私が笑いを零すと、海影さんも隣で笑った。
海影さんがこの水族館の様相を知っているということは、誰かと来たことがあるということ。
彼女?
今、付き合っている人いるのかな?
だけど、そんなことはどうだってよくなっていた。
全く気にしないわけじゃないけど…うん、なんか、どうでもいい。
全部差っ引いて、海影さんが好きだ。
ファン心理も恋愛感情も敬愛も引っくるめて。
「海影さん」
水槽を見つめたまま、海影さんの方を見ないように、私は海影さんの名前を呼ぶ。
水槽に写る自分と、目が合った。
「どうした?」
海影さんも、正面を向いたままだ。
「私、頑張ります。絶対にK大受かって、東京に来てみせます」
海影さんにとっては小さな小さな、私の決意表明。
今更すぎて、改めて熱く語るものでもない。
それでも海影さんは、
「おう」
柔らかく、そう返事をしてくれた。