From Y
 羊が来ない理由は、敢えて考えなかった。
 羊のいない世界に目覚めるくらいなら、ずっと眠ったままでいい。

 強引な揺さぶりで意識が戻った。ねこの体を無理矢理起こして肩を揺さぶる誰かに、力一杯叫ぶ。
「やだ! 起きたくない!」
 ねこは意地でも目を開けなかった。
「羊さんがいないなら、目なんか覚めなくていい!」
「ねこ!」
 名前を呼んだ声は、父でも母でもなくて――
「……羊さん?」
 羊を待ちながらベンチで眠っていたらしい。ねこの体は冷え切っていた。
 ベンチから下りたねこより、羊のほうが早かった。
「よかった……!」
 ねこが抱きつく前に、羊がねこを抱きしめた。二人してアスファルトに膝を突く。
「それ、こっちの台詞っ……」
 生きてた。よかった。また来てくれた。やっと会えた。胸がつっかえて、ねこの言葉は声にならなかった。
「ごめんな」
 泣き出してしまったねこに、羊はしばらく肩を貸してくれた。
「落ち着いた?」
 ねこが頷いても、羊はねこを離さなかった。
「一週間、睡眠薬で眠ってた」
 あまりにも眠れない羊を休ませるために、大人達が取った措置だった。
「待たせてごめん」
 今度は首を振る。
「あの話の続き聞きたいって言ったら、今更?」
 もう一度、首を振った。
「お願いしたら、友達ができました。でも、中二のとき、友達は来夏を好きになって、告白して振られて私に捨て台詞を吐いて去ってゆきました」
「捨て台詞?」
「『この男たらし!』だそうです。私は『もうちょっと言葉を捻ろうよ』って切り返して、自ら火に油を注ぎました」
 ねこが敢えて軽い口調で話すと、羊は腕の力を少し強めた。
「私は偽善者です」
 羊はどんな顔をして、ねこの話を聞いているのだろう。
「たった一人に手を差し延べた結果がこれですよ。後悔するなら最初から関わらなければよかったと思います」
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