From Y
 絶対に辿り着いてはいけなかった、来夏の傍にいながら封じ込めていた思いを、ねこは初めて口にした。
「人一倍、辛い思いをしてたんだな」
「羊さんがいるから、もう辛くないです」
 羊がねこを離して、居住まいを正した。釣られてねこも背筋を伸ばす。
「……ねこ」
「はい」
 羊が息を詰める。目を逸らせないほど真っ直ぐ見つめられ、ねこも息をひそめた。
「……俺と、付き合ってください」
「はい」
 ねこが即答すると、羊はほっと息をついた。
「これからも、よろしくお願いします」
 ねこが頭を下げると、羊は照れくさそうに笑った。

 会いたくなったら公園に行く。待ち合わせをしないのは、羊を縛りたくない気持ちと、待っていて来なかったときの恐怖が半分ずつ。
 羊はねこの意見をあっさり受け入れた。が、
「待ち合わせに関してはそれで。だけど、たまにメールしたい」
 率直な主張がかわいい。
「返信に努めます」
 ねこが笑って携帯を開くと羊も嬉しそうに携帯を取り出して、アドレスを交換した。
 ねこは絵文字を使わない。が、「絵文字ないメールって怖いんだけど」と羊から苦情が来て、ぽつぽつと絵文字をつけるようになった今日この頃。
 羊に会いたくなったので、今日は公園に来た。
「うまそう。ちょっとくれ」
 ベンチに座って紙パックの紅茶オレを吸っていたら、後ろから掻っ攫われた。犯人は羊である。
「ああっ!」
 ちょっと待ってそれはいわゆる間接キスというやつではないんですか羊さん。
 ねこが心の中で動揺していることなどつゆ知らず、ねこの隣に座った羊は「熱っ」と口の中をやけどしている。
「サンキュー。うまかった。紅茶オレとミルクティーってどう違うんだろうな」
 ねこは羊からパックを受け取り、
「紅茶にミルクを入れたらミルクティー、紅茶とミルクが1:1だと紅茶オレだそうですよ」
 などと豆知識を披露してみる。
「なるほど」
 内心では、仮にもイマドキの女子高生が間接キスで動揺するのは純情すぎやしないかと自分に突っ込む。
「羊さんは紅茶とコーヒー、どっちが好きですか?」
「甘ければどっちも飲める。今回はミルクコーヒーを買ってみた。飲むか?」


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