From Y
「いただきます」
 羊が差し出したミルクコーヒーのパックを受け取り、一口吸ってみる。
「あ、これおいしい」
 なるほど甘党の羊が好きそうな味である。
「ありがとうございました」
 パックを返し、羊の顔が赤くなっているのに気づいた。
「どうかしました?」
「いや、……これ、間接かなぁ、と」
 おんなじこと、考えてたんだ。
 なんだか嬉しくなった。
「私も、おんなじこと考えてました」
 ねこが白状すると、羊も笑顔になった。

 嗜眠のねこと不眠の羊が一緒にいても衝突が少ないのは、ねこが不眠だったことを羊がわかってくれているからだと思う。
「……どした?」
 でも、その日は、いつもと違っていた。
「……なあ」
 ゆうべ、羊が死んでしまう夢を見た。夢の中で、ねこは泣いた。泣いて泣いて、泣き疲れて眠ったまま自分も死んでしまえたらいいと思った。
 目が覚めてから、夢だと思ってほっとした。
「何かあった?」
 公園に来て、後ろから羊に声をかけられて、ねこは無言で羊に抱きついた。何を聞かれても答えずに、声もなく涙を流している。
「……ねこ」
 羊が器用にねこをベンチに座らせる。
「何をそんなに泣いてるんだ?」
「……怖いんです」
「何が?」
 羊はねこの目元を親指で拭ってくれた。
「朝起きて、羊さんがもういなかったらと思うと、怖いんです」
「でもそれはもう、どうしようもねえだろ」
 羊の声は低かった。
「怖いから起きてたいのに、私はどうしても寝ちゃうんです」
 ねこが口を開くたびに、涙が零れた。
「そんな自分が情けなくてっ……」
 揚げ句、あんな夢を見た。
「羊さんに置いてかれたくない!」
「俺だって怖えよ!」
 突然、羊が声を荒げた。ねこがびくっと肩を竦めると、羊は声を落とした。
「俺だって、ねこが眠ったままだったらって思うと怖えよ。ねこがいるのが見えなかったら、ここに来れねえんだよ。会いたくなっても、ねこが来ないのが怖くて、ここで待てねえんだよ」
 顎を掴まれた。
 空白が一瞬。
「明日、待ってるから」
 顔が離れてから、唇が重なったことを理解した。
「だから、今日はもう帰るぞ」
 その日の帰り道、羊と初めて手を繋いだ。
< 15 / 33 >

この作品をシェア

pagetop