From Y
「羊さん」
「ここにいるよ」
 例えば、私が不安になって、羊さんの名前を呼んだとき。なんだ? とか無粋な受け答えをしないところも大好きです。
 お医者さんに「保って四年だけど、いつ死ぬのかわからない」と言われて、生きるのがつまらなくなりました。「どうせ死ぬんだ」それを旗印に、投げやりに毎日を過ごすようになっていました。でも、羊さんを好きになってからは、もっと生きていたいと思えました。羊さんのいる世界で目覚めたいって思いました。
 「将来の夢」というのも一度は捨てましたが、新しい夢ができました。羊さんが眠れないときは、一緒に徹夜できる自分になりたいです。
 羊さんに安眠が訪れますように。

 書き終えて時計を見ると、まだ七時半にもなっていなかった。それでも、瞼は開けていられないくらいに重たい。
 あぁもうだめ、眠たい。限界。
 ねこは目を閉じた。



「……起きろー。朝だぞー」
「ん……?」
 毎朝、恋人をこの目に映せる。それはなんて幸せなことなんだろう。
「おはよ」
 羊の朝は早い。明け方には起きて、時間をかけてねこを起こしてくれる。
「おはようございます……」
 羊に抱えられるようにしてテーブルにつき、目覚ましの薬を飲ませてもらう。
「ゆうべはよく眠れました?」
 ねこの嗜眠を緩和する薬が生まれた。そんな時代だ。
「おかげさまで」
 不眠の症状が治まってきた羊と暮らし始めて、二ヶ月が経った。
「今日は休みだけど、どうしたい?」
「お散歩したいです」
「じゃあ、支度したら行こうか」
 残り時間が少ない二人は、それぞれにできる仕事をしながら穏やかに生活している。
 シンクで洗い物をしている羊の背中に、ねこは額をこつんと当てた。
「どした?」
「幸せだなぁ、と思いまして」
 羊の笑う気配がした。

 願わくは、明日も羊さんのいる朝に目覚めんことを。

< 17 / 33 >

この作品をシェア

pagetop