From Y
from Y dear Y
「三年前、真新しい制服に袖を通してここに座った入学式のことを、昨日のことのように思い出します」
 うわぁ、思い出しちゃったよ。
 卒業生代表の答辞を聞きながら、雪谷柚は胸上まで伸びた髪を揺らしてきまり悪く俯いた。きっと隣のクラスの列では、奴が笑いを噛みころしているに違いない。
 いつ思い出しても恥ずかしいが、今は少し懐かしさも混じっている。

***

 三年前、四月某日。創立九十周年を迎えた、とあるボロい公立高校の入学式にて。
「校歌、斉唱」
 やっと式も終わりに近づき、腰まで伸ばした髪をお下げにした柚は、ココロの中で力いっぱい欠伸をした。「宴もたけなわ」ってこういうタイミングで言うコトバだっけ? 結婚式でもお葬式でも――
「わー……?」
 余計なことを考えていたせいでピアノの前奏をなんとなく聞き流してしまい、歌い出しから出遅れた。ちなみに「わ」から始まるのは中学の校歌だ。
「……」
 無言。
CDを何度も聴いて歌えるようにしたはずの高校の校歌をド忘れしたらしい。それどころか、
 ちょ、これはやばい。
 昨日の夜、ふざけて作った『高校の校歌の伴奏と中学の校歌を合わせてみた』が脳内をリピートし始める。
 最前列で歌わない生徒ってちょっと目立つよね、だからしょうがないよね?
 高校の校歌は完全に吹っ飛んでいたので、柚は中学の校歌を口ずさんだ。今にして思えば、隣に立っていた背の高い男子の肩が、微妙に震えていたかもしれない。

 五段しかない階段だの通り抜け不可能な廊下だの、おそらく増築したせいで訳のわからない構造になってしまった校舎の、二階部分。
「お母さん……」
 柚は自席に一人ぽつねんと座り、蓋でさりげなく隠しながら弁当を食べていた。一緒に食べる相手を見つけられなかったのは幸いだったかもしれない。一人ぼっちのランチタイムは寂しいが、何しろこれ以上周りに変人だと思われたくない。
 のどかな春の昼下がり、午後十二時三〇分。
 衝撃の、うな重であった。
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