From Y
 美術部の友人たちに協力を頼んだものの、「あたしたちも自分の作品制作があるからねぇ……」と途中退場されてしまい、結局は描きかけの巨大絵を前にして膠着状態に突入する羽目になった。絵は描いてもらえたのであとは衣装に模様を描き入れていくだけなのだが、
「……クモの巣って六角形だっけ……?」
 シャープペンで下書きしたものの、見れば見るほど何かが決定的に違う。腹を決めて絵の具でなぞろうとしたものの、これが我がクラスの作品になると思うと責任重大な気がして筆を持てない。
 絵の横で膝を抱え途方に暮れていると、いつのまにか日も暮れていた。
「何やってんの?」
 頭上から耳慣れた声が降ってきた。
「由輔……」
 とっくに帰ったと思っていた由輔が立っていた。
「なんでここでやってんの? 教室は?」
「展示の準備するからって追い出された」
 明日は授業もなく、終日が文化祭の準備に充てられる。強面の上級生が暗幕や段ボールを抱えて行き来している教室前の廊下で巨大絵とにらめっこするわけにもいかないので、柚は空気を読んで生物室前の廊下に引っ越したのだ。ホルマリン漬けの内臓やら剥製のウサギやらがガラスケースの向こうに鎮座しており不気味なことこの上ないが、他に場所もないので致し方あるまい。
「ね、これって何かが決定的に違うよね」
 柚は自分で描いたクモの巣を指差した。
「んー……」
 由輔は遠慮がちな苦笑を浮かべた。
「私が描いたの! 下手すぎて自分でもびっくりしてるの! どこを修正すればいいのかわかんないの!」
 駄々を捏ねるみたいに言い募ると、由輔は屈んで絵筆を執った。イメージするように空中をなぞってから、画用紙に筆を走らせていく。
「わ、うま……」
 柚は感嘆の声をあげかけ、呼吸を忘れた。
 絵に向かう由輔の横顔が、たじろぐほどに真剣だったのだ。柚は息をつめて由輔を見ていた。
「……どう?」
 全体の二割ほどの模様を描き終え、由輔は柚を振り返った。
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