From Y
「あ……ありがと……」
 感動の域だった。
 ぎこちないシャープペンの線がどう間違っているのかが、今なら柚にもはっきりとわかる。よろよろと頼りない直線で描かれた下書きの上に由輔が描いた白い模様が、柚の目には完璧に見えた。
「由輔すごい、ほんとにありがとう! 私、由輔が来てくれなかったらずっとこのまま止まってた!」
 嬉しさのあまり抱きついた柚の頭を、由輔がとんとんとあやすように叩いた。
「一人でよく頑張った」
 例えば、由輔じゃなくて実行委員が来ていたら? 美術部の友人たちが来たら確かにほっとしただろう。でも、
「由輔が来てくれて、すごい嬉しかったよ」
 抱きつくほどに嬉しいのは、来てくれたのが由輔だったからだ。
「……あと一日あれば、夕方には完成できると思う。合唱練習もあるけど頑張れる?」
 『頑張れる?』と尋ねるところが由輔の濃やかさだ。
「頑張る!」
 由輔と一緒なら頑張れる気がした。
「筆とパレット洗ってくる」
 そう言われて、由輔から離れるきっかけができた。ほっとしたような残念なような、確かに友達だけど――、
 一瞬だけ芽生えたキモチを、柚は常識と理性で打ち消した。

 ……あの時からすでに、由輔に対するキモチは友達を超えていたのかもしれない。
 アドレス帳を開き、や行の一番上にある見慣れた名前を呼び出す。魔が差したのは、一瞬のキモチを思い出してしまったからかもしれない。
 彼氏と別れた日にトモダチに告白ってどうよ?
 トモダチの垣根壊して気まずくなったらどうすんの?
 今度は常識と理性を以てしても、柚のキモチはねじ伏せられなかった。

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