From Y
「……先輩」
 式が終わってからも名残惜しそうに桜の樹の下に佇んでいる『先輩』が振り向いた。
「……好きでした」
 由輔と話すときより見上げる角度が小さい。
「知ってる」
 全てを見透かすような『先輩』の眼差しに引き込まれそうになる。いつもの間合いで『先輩』が柚の長い髪を撫でようとした。
「……今日で忘れます。今までありがとうございました」
 柚が一歩引くと、『先輩』は感情の読めない表情で笑った。
「こんな接し方しかできなくて悪かったな」
 柚は首を横に振った。
「ご卒業おめでとうございます。新しい学校でも頑張ってください」
 頭を下げ、その場から走って逃げた。

 柚が教室に戻ると、由輔は行儀悪く戸口付近の机に腰を載せていた。足が長い由輔にはちょうどいい腰掛けらしい。
「お疲れ」
「……」
 柚は無言で由輔に歩み寄って学生服の二の腕を掴み、制服越しでも温かい胸に自分の額を打ちつけた。
 ……どんっ。
 柚に頭突きされても、由輔は小揺るぎもしなかった。額が痛んだだけで、悔しいなら空しいなら悲しいやら情けないやら、閉じた瞼から涙が滲む。学生服を濡らすのは気が引けたので離れようとしたら、大きな手が柚の髪を梳くように抱き寄せた。
「ごめん……」
 何に対してなのかわからないまま謝り、柚は由輔に体重を預けた。
「いいよ」
 いつかと同じように、由輔は柚の頭をあやすように叩いた。
 理性とか、常識とか、TPOとか。今はそんなものどうでもよかった。ただ、由輔との距離を縮めたかった。
 学生服の袖を掴んでいた手を放し、柚は広い背中に腕を回した。応えるように、しかし躊躇いがちに柚を抱きしめた腕は、以前より力強くなっていた。

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