From Y
「今、イルカのクッションさわってる」
 ネズミもイルカも、修学旅行の班別研修のときに二人して衝動買いしたものだ。ネズミは柚で、イルカは由輔が買った。ネズミの顔は特別可愛くもなく普通だが、ホテルの枕では眠れなかった柚を随分と助けてくれた。
 大きな紙袋にイルカとネズミをまとめて入れて渡されたので、必然的に由輔か柚のどちらかが持つことになった。イルカの顔が紙袋からはみ出していたので、男の由輔に持たせたらかわいそうだと思って柚が持っていた。だが、柚が疲れているのが目に見えたのだろう、由輔は途中から持ってくれたのだ。しかし柚は紙袋を任せたまま部屋に帰ってしまい、消灯前に由輔がネズミを届けに来てくれた。
 旅行先の郷土料理にちなんだ名前をつけたネズミは、帰国後も柚の安眠にかかせないアイテムとなっている。
「楽しかったな、修学旅行」
 辛い物が苦手な柚は料理に手をつけることが少なかったが、由輔は「ねえ、これ食べてみてよ」と柚が無茶ぶりしても、「それ辛い?」「そうでもないよ」と平然と食事を摂っていた。……平然と、と言うには顔が赤かったような気もするから、もしかしたら辛いのを我慢して食べていたのかもしれない。
「……向こうの料理、辛かった?」
「うん」
「『そうでもないよ』って言ってたじゃん」
 由輔が息だけで笑った。
「だって、捨てられた猫みたいな顔して虚勢張ってたからさぁ」
「……」
 実は研修ルートがなかなか決まらずに下調べの段階で柚はキレて由輔に八つ当たりし、一日目の夜に謝るまで由輔と目を合わせなかったのだ。くだんの無茶ぶりは一日目の昼食である。
「いちいち気にするよね、こっちは全然気にしてないのに」
 柚からすると由輔は仏様なみにおおらかだ。
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