From Y
 学校から徒歩十分弱のバス停まで、ねこはいつも本を読みながら歩いていく。バスが来るには早過ぎる時間だったが、読書で時間を潰せるので構わずに学校を出た。
「危ないぞ」
 前方から、叱る色を帯びた声がした。ねこが顔をあげると、顔色がやや不健康な羊がベンチに座っていた。
「昨日、ねこに教えてもらった病院行ってきた」
 羊は億劫そうに立ち上がり、ねこの前にやってきて言い放った。
「致死性睡眠障害、だってさ」
 時間が止まったような気がした。
「……嘘でしょう?」
 ねこは声を搾り出した。
「嘘ついてどうするよ」
 もう助からない。保って四年。眠れない夜。目覚めない恐怖。羊もねこと同じ思いをするのか。
「私も、同じですから」
 今度は、相手の時間が止まったようだ。
「ご存知のとおり、第二段階ですよ」
 冗談めかして、ねこはにっこり笑った。
「……嘘だろ」
「心外ですね。私、ここで嘘つくようなえげつない人に見えます?」
「いや、ごめん。そうじゃなくて」
 端整な顔を曇らせて、羊は呟くように言った。
「俺が楽しかったときも、ねこは一人で苦しんでたんだなって」
 胸を突かれた。
 ぽろぽろと涙が零れ、慌てて指で拭う。
「……ありがとうございます」
 ずっと、その言葉を待っていたのかもしれない。「代われるものなら代わってやりたい」と泣く母が欝陶しかった。「頑張れ」を連呼した父の言葉に捻くれた。そんなふうにささくれ立っていた心が、羊のたった一言で癒えた。
「今まで、そんなことを言ってくれる人いなかったから」
 宣告を受けた当時付き合っていた彼氏も、ねこが欲しかった言葉はくれなかった。
「羊さんは、すごいですね」
< 3 / 33 >

この作品をシェア

pagetop