From Y
 空きスペースにそう書いてあった。
 柚がしみじみ感動していると、隣で由輔が盛大に吹き出した。
「ちょ……何これ、カジキ?」
「イルカのつもり! 笑うなっ」
 由輔が指差しているのは、柚が描いたイルカとネズミのイラストである。
「イルカぁ? ……言われてみればイルカに見えなくもない、かも」
 修学旅行の時のか、と後から呟き、もう一度イルカを見て小さく吹いている。
「こっちのは犬?」
 柚が頷いて親指を立ててみせると、
「相変わらず何かが決定的に違うけど」
「私の一発描きにしては上手くいったと思われます、画伯」
 柚の結った髪が崩れないよう、由輔はいつもより慎重に頭を撫でた。
「上出来」
 喧騒に包まれる教室。打ち上げの話で盛り上がっているグループ。泣き腫らした目元のまま友達と写真を撮るクラスメイトたち。――由輔と並んで見る、最後の景色。
「……ねえ」
「ん?」
「……し、写真撮らない?」
 言ってからどうしようもなく頬が火照った。
「いいよ」
「いいの!?」
 嫌がるかと思ったのに由輔はあっさりOKし、
「一緒に撮ったことなかったもんな」
 柚にだけ聞こえる声で何気なく呟いて、同級生にデジカメを渡した。
「矢野くんも雪谷さんも座って~。身長差激しすぎ!」
 誰かの椅子を勝手に借りて、フラッシュが焚かれた。
「二次試験、2週間後だっけ?」
「うん。そっちはもう終わった?」
 柚は頷いて敬礼した。
「これから東京まで部屋探しに行ってきます」
「今から!?」
「うん」
 3年間使い続けたバッグの中にアルバムをしまい、
「じゃあね。――元気で」
 腕を掴まれた。
「これからずっと戻ってこない?」
「いつ戻ってこれるかわかんない」
「来れないなら、こっちから行く」
 柚の目に、今日初めて涙が浮かんだ。
「ごめん。渡しそびれてた」
 由輔が学ランのポケットから小さな袋を取り出した。
「誕生日、何にも作れなかったから」
「……開けていい?」
「どうぞ」
 袋の中には、銀色のピンキーリングが入っていた。
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