From Y
 素直な気持ちが口を衝いて出た。
「自分のことじゃなくて、他人の苦しみを思いやれるんですね。私みたいに拗ねたりしないんですね」
 羊は黙って、ねこの頭を撫でた。
「私、家族に当たり散らしました。『頑張れ』って言ったお父さんにも、『代わってやりたい』って泣いたお母さんにも。『言うだけなら簡単だ、あんた達はどうせ死なないんだから』って」
 また涙が湧きあがってきたので、唇を噛む。羊が宥めるように、ねこの頭を軽く叩いた。
「……落ち着いた?」
 頷いて、ねこは羊から離れた。
「ごめんなさい」
 羊を思いやる言葉を持たなかった自分が、とても情けなかった。

 病院の待合室で羊と並んで腰掛けていると、硬い声がした。
「ねこ、先輩?」
 声の主を振り仰ぎ、ねこは固まった。宣告直後にねこから別れを告げた、元彼である。元彼の左手首には包帯が巻いてあった。
「どちら様?」
 羊の問いで我に返り、ねこは上にした手の平で元彼を示した。
「後輩の、犬井来夏くんです」
 今度は羊を示して、
「こちら、牧野羊さん。三年生」
 紹介が続かず、そこで言葉を切る。
「牧野さーん、牧野羊さーん」
 そのタイミングで羊が受付に呼ばれた。
「いってらっしゃいです」
 羊を見送り、ねこと来夏の間には沈黙が流れた。隅に置かれた観葉植物を居心地悪く見つめていると、来夏が口を開いた。
「隣、いいすか」
「……どうぞ」
 来夏は、羊が座っていたのと反対側に座った。
「牧野さんって、ねこ先輩の彼氏すか」
「ううん」
「部活の先輩っすか」
「ううん」
 来夏が咎めるような声でねこに訊いた。
「なんで一緒にいたんすか」
 ねこは来夏を見上げた。来夏の悔しそうな表情を見て、内心でため息をつく。
「私が、一緒にいたいから」
 来夏はいつだって自分本位だ。
「俺じゃダメなんすか?」
 別れ際にも同じことを言われた。
 抑えた声量で、来夏が問いを重ねる。
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