下田の空[短編]
サービスが良いのか悪いのか、タクシーはすぐにやってきた。
出てきた運転手を見て、私は再び頭を抱えた。そこに立っていたのは、行きに乗って来た運転手だったからだ。
「あれまお客さん、あんたたちはさっきの…」
キョトンとする修平さんをよそに、私は母親に眼で問うた。母親は、
「…いいわよ、乗りましょ」
とだけ搾りだす様に言って、車に入った。
「ご主人かい?」
開口一番、私が一番懸念していた質問を、その運転手は口にした。
「違います」
誰より早く、母親が否定した。運転手は、あ、そう…と言ったきり、おし黙ってしまった。
四人乗りともなると、ただでさえ狭いタクシーはより狭く感じられた。私は車窓に広がる海辺に、ぼうっと想いを寄せていた。いや、寄せざるをえなかった。
海は、朝までのそれとはうって変わって、大しけの様相を呈していた。


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