下田の空[短編]
第二章
どのくらい寝たのだろう。起こさ

れたのは、下田の駅についてから

だった。

降車する客はまばらだった。ホー

ムの屋根の隙間から覗く太陽が、

もう昼が近いことを告げていた。

電車を降りて、改札へと向かった

。初めて見る有人改札には、些か

ながら戸惑った。こんなところま

で来てしまったんだ、と内心嘆き

つつ改札を抜けた。

タクシーは呼ばないと来ないのだ

という。それも頷ける。駅前には

ひとっこ一人いないからだ。私た

ちは観光案内でもらったタクシー

ダイヤルに電話をかけた。

タクシーはすぐに来てくれた。愛

想のいい小肥りの運転手がにこに

こしながら「呼び出し料120円

頂きます!」と言い放った。

玉泉寺まではそう遠くはない。父

親が生きていたころ、一度二人で

行ったことがある。今も記憶に新

しいのは、彼が終始不機嫌だった

ことだ。その父親は三年前に他界

し、今となっては良い思い出だ。

その運転手はタクシーをちょこち

ょこ加減速し、その都度下田の名

産などを私たちに教えてくれた。

まあその殆どは既知のものだった

のだが。
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