下田の空[短編]
暫くは運転手は饒舌だった。しか

し私たちの反応があまりに鈍かっ

たのか、次第に気まずい沈黙が流

れだした。それでも依然として、

懸命な演説を、運転手は続けた。

「天気はどうです?」

運転手の涙ぐましい努力がいたた

まれなくなったのか、母親が尋ね

た。

「そぉだねえ、やっぱり下田って

けっこう変わりやすいからねえ。

今は晴れていても午後はどうなる

か分からないよ。」

私はその、よく喋るごま塩頭を見

やった。いつの間にか敬語調は跡

形もなく消え去り、今ではまるで

友達か何かと話すかのような話し

ぶりだ。私はそれで、少なからず

、彼に嫌悪感を抱いた。

十分もかからないうちに、私たち

は寺に行き着いた。

その寺には参道の代わりに十数段

の石段があり、それを上りきった

ところに門が構えてある。門の下

に立って寺を見ると右手には小さ

な宝物殿、左手には墓場へとつな

がる道があり、そして正面にお堂

がある。至ってシンプルな寺だ。

私がその階段の下から門の方を見

ると、門の近くに張られた記帳所

のテントに、涙で眼を真っ赤に腫

らした祖母が立ちつくしていた。
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