桜が散るその日
 今日の曲は、知らない。初めて聴く曲だった。
 コツンと桜に体を預けながら、バイオリンの演奏に酔いしれる。
 この曲のイメージを読み取りたくて、目を閉じようとうつむいた。
「そこで寝ると風邪をひいてしまう」
鳴り止んだバイオリン。無愛想な声に、奏ではギョッとして閉じかけていた目を開いた。
 長めの前髪でよく見えない、真っ黒な桜田の目が奏を射貫いている。
 慣れない。彼のまっすぐな目で見つめられるのは、まったく慣れない。どうしていいのかわからなくなる。
「寝るつもりなんてないわ」
「目を閉じているから、てっきり」
桜田が差し伸べてくれる手。そんなとこにいないでこっちに来ればいい。という表れ。これが素なのだから、困ってしまう。
 ロマンチストなのかそうでないのかも、曖昧でちょっとむっとしてしまう。けれど、それが桜田で、可愛いところだなって思ってしまう。
 自分って、おかしいだろうか?奏はそんなことを思ってしまう自分が、若干怖かった。
 差し伸べられた手に自分の手を重ねるのは恥ずかしくて躊躇われた。しかし、重ねずにはいられない。
 すると、ぎゅっと強く握りしめられてぐいっと引っ張られた。もちろん奏の体はバランスを崩して、引っ張られた方に倒れるように進む。手は完璧に桜から離れる。かわりに、膝が地面につく。勢いのまま転んだのだ。手を強く握ったままの桜田は、何をしているのかと言うように、眉を寄せ見下ろしていた。
「大丈夫か?いったい、何をしている?」
「私が言いたいわ」
桜田がいったい何がしたかったのかわからなくなる。普通こういうときは、自分の胸に引き寄せるところではないのだろうか。地面に転ばせるんではなくて。そこから、いい雰囲気になって、頬を染めてだとかじゃないのだろうか。もし、転んでしまったとしても、心配してまた手を差し伸べて立たせてくれるのではないのだろうか?確かに心配はしてくれたけど、二言目はないのではないだろうか。しかも、まったく助けてくれよともしない。その上、まだ手を離してくれない。立つときにちょっと邪魔になると思うんだよね。
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