桜が散るその日
 奏が握られている手の力を抜いたというのに、相変わらず手はつながったまま。
 天然と言うだけで片付けていいだろうか。悪意しか感じない。いや、悪意なんて彼にはないんだろう。それじゃ天然かというと、奏は納得をしたくなくて否定。
 仕方なくそのままで立ち上がる。
「あなたのせいで着物が汚れてしまったわ」
膝のあたりに、綺麗な着物の柄に不釣り合いな土がついていた。転んだのだから、当たり前なのだけれど。
 やっと手を離してくれた桜田は、奏の正面にしゃがみ込んだ。今度は何をする気だと少しだけ、後ずさる。
 桜田は、ばしばしと膝のあたりをたたき出した。少し痛い。
 彼がついた土をとってくれているのだとはわかったが、もう少し力の加減をして欲しい。
 しかし、その手を振り払うことも止めさせることも、文句を言うこともしなかった。
 だって、これは彼の優しさ。
「あなたって、不器用なのね」
そう。ただ、彼は不器用なだけで。
 彼の不器用な優しさは、胸をくすぐる。本当にくすぐったい感じがする。
 払い終わったのか、彼は立ち上がる。そのとき見えた表情は、眉を寄せて難しい顔をしていた。考え事をしているのはわかる。しかし、彼がこんな表情で考えていることはいつもろくでもないことだった。
「手先は器用な方だ。着物のほころびは自分で縫うからな」
ほらね。ろくでもない。良くあることなのに、いまだにがっくりさせられる。何だろう?力が一気に抜けるみたいに、肩が首が落ちる。
「手先の器用さの話はしていないわ」
彼のいいところなのか悪いところなのか、彼は言葉をそのまま受け止め解釈する。だから、遠回しに言っても通じない。直球勝負しかない。しかし、それだと、ロマンスといっただろうか、それが足りない気がする。
 というより、自分は直球しか受けないくせに、彼の発言はたまに遠回しというかよくわからないというか、とにかく変化球、もしかしたら、魔球かもしれないのだ。
 ときおり、彼が何を考えているのかわからない。彼と出会ってもう四年も経つというのに、名前すら教えてくれない。
 こんなに近くにいるのに、まだ遠い。
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