桜が散るその日
「他に器用とは何があるんだ?」
奏はこんなに思い悩んでいるというのに、桜田はまだそんなことを考えていた。実にうらやましい。
 奏はそんな桜田にすこし苛ついた。彼は自分のことなんか考えてないって、勝手に思い込んで。
「もういい。桜田は何にもわかってないのね」
ふくれっ面で桜のそばに座り込む奏。背中を幹につけて、膝を抱える。
 自分が何をして、奏がこんなに不機嫌なのか桜田は目を泳がせながら考える。理由だと思われることを、すぐに思いついた。そうか、確かにそれは拗ねてしまう。
 桜田は奏の前にしゃがみ込むと、奏の頭に手を乗っけた。やはり、不器用なのか力の加減ができていない。
 何事だと、目を丸くする奏。頭に乗っている手は乱暴に左右に動く。どうやら頭を撫でているらしい。この乱暴な撫で方には覚えがある。もう幼い頃の記憶だけれど、父様もこんな乱暴な撫で方をしていた。
 せっかく梳いた髪がぐしゃぐしゃになったと、当時は怒ったのも覚えている。
 今は、髪なんてどうでもいい。乱暴でもこの行動が幸せにしてくれた。嬉しくて嬉しくて、さっきまで怒っていたことを忘れていた。
「12歳。おめでとう」
「え?」
想像もしていなかった言葉に顔を上げる。視界に入ってきた彼が、穏やかに微笑んでいた。思わず、視線をそらしてしまう。
 いつも思うが、たまに見せる綺麗なほほえみはずるいと思う。しかも、この世とは思えないぐらい綺麗。ずるいにもほどがある。
「誕生日だろ。すぐに祝ってやれなくて、悪かった」
なるほど、そういうことか。残念だけど、拗ねた理由は違うんだよね。
 奏は思わず笑ってしまった。
 彼が奏のことを考えてないなんて、嘘っぱちも嘘っぱち。ちゃんと考えてくれているし、覚えてくれてる。
 やはり彼は、不器用。でも、その不器用な優しさが心地よくて、幸せで。考えていることはろくでもないことが多いけれど、それでも彼はちゃんと彼なりに考えてくれる。
「ありがとう」
一生彼にはかなわない。そんな気がした。
「もう、四年になるのね。あなたと出会って」
奏の隣に片膝をたてて座る。彼の左手には、バイオリンが握られていた。
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