桜が散るその日
 力が抜けたようにだらしなく、桜田は空を仰ぎ見た。コツンとつむじが桜の木に当たる。
 彼はよく、空を仰ぎ見る。視線の先にはいったい何があるのか、隣で幾度となく辿ったことがある。しかし、そこにはいつもただ広い自由な空があるばかりだった。
 桜田の前髪が左右に垂れ落ちて、いつもはよく見えない瞳が現れる。どこまでもまっすぐで曇りのない、真っ黒い瞳。奏は、その瞳が大好きだった。見つめられるのは苦手ではあったけれど、その瞳をいつまでも見つめていられそうだった。
「四とは、不吉な数字だな。なにか悪いことが起こるんじゃないか?」
「縁起でもないこと言わないでよ」
せっかくのいい気分が台無しだと、奏は頬を膨らませた。そんなのお構いなしに、桜田は惚けた顔のまま空を見ていた。
 いったい彼は、なにをそんなに見ているのだろう。
 奏も同じように空を仰ぎ見てみるが、やはりそこには空しかなかった。どこまでも広くて自由で眩しい空が。緑に変わった桜がその端に映っていて、マシュマロのような雲が浮かんでいるだけ。
 奏にはいつまでも空を見ていることはできなかった。すっと視線をそらして、彼を見る。
 やはり空をじっと見ている瞳。その瞳が彼のすべてを映しているように見えて、目が離せない。彼をもっと知りたくて。
「そういえば、あんたはなにが欲しい?」
突然こっちの方を見るものだから、奏は驚いて顔ごと思いっきり視線をそらした。見つめていたなんて、知られたくない。でも、こんなに大げさにそらしたら、感のいい人は気づくだろう。桜田はどっちだろう。勘がいい方?悪い方?いや、どっちにしろこんなに視線をそらされていい気持ちになる人なんかいない。
 もう済んでしまった出来事。奏はものすごい後悔と恥ずかしさにおかしくなりそうだった。
 そんな奏をもちろん知らない桜田は、時に気分も害したわけでもなく、ただただ奏の行動を疑問に思っていた。
 落ち着くの、なにもない風に振る舞えば大丈夫。奏は自分にそう言い聞かせる。もちろん、落ち着くわけない。もっと混乱した。
「どうかしたか?」
「た、誕生日の贈り物よね!なにがいいかしら」
のぞき込んでこようとする桜田を阻止するように、奏は話を変えた。といっても、この話をしていたはず。そらしていた覚えもない。
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