桜が散るその日
「私は自由になるのよ。そんなところになんか、嫁がない」
ずっとそう信じてきた。大人になれば自由になって好きなことができるんだって。
 どうして桜田がそんなことを考えるのか、奏にはまったくわからない。
 奏はずっと桜田のそばにいる未来しか考えられない。それ以外の未来なんてなくていいのに。桜が散って歳を重ねるたびに、鎖は千切れていっている。そのはずなんだ。
 桜田さえいればいい。桜田が一流のバイオリン奏者になって、奏はそのそばにいて。
 おかしいところなんかないはずなのに。どうして、うまくいかないの?
 どうして、私が好きでもない人のところに嫁がないといけないの?奏には疑問に思えない。母様がそんなこと許すわけがない。
 良家の娘だから何?私は望月奏。自分でしかないのに。
 まるで、だだをこねている子供のような気持ちになった。
「嫁ぐならあなたのところよ」
耳元で、はっと息をのむ音が聞こえた。
 どうして、そんなに辛そうにするの?こっちも辛くなってしまう。
 拒絶もしなければ、突き放しもしない。彼の気持ちが、またわからない。
 どうして、なにも言ってくれないの?
 彼の沈黙が痛い。
 どうして?どうして?奏は口癖のように、心の中でつぶやいていた。どうして、と。
 突き放して欲しくなんてない。彼のそばにずっといたい。しかし、それが彼を傷つけているのならいっそ、突き放して。そう願ってしまう、ずるい自分がそこにいた。
 彼が傷つくなら、私が傷つくのに。奏は、悲しいことを考えるばかりだった。
 どうして今日はこんなにもいつもと違うのだろう。いつもは彼のそばにいるだけで温かい気持ちになれて、安心できたのに。
 不安。悲しい。辛い。
 どうしてしまったのだろう。
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