桜が散るその日
「帰ってくれ」
初めての拒絶。頭が真っ白になった。涙さえ出ない。ゆっくりと離れるぬくもり。
 奏の見開かれた目には、下唇を噛みうつむく桜田が映った。握られた拳が震えている。そのままではいつか血が出てきてしまう。止めさせようとその手を自分の手で包み込みたいのに、できない。彼のそばに寄ることさえ、できない。
 さっきは拒絶されてもいいと思っていたのに、いざそうなるとこれ以上ないくらいに辛い。辛くて辛くて、身が裂かれるような、そんな感じ。
 世界が歪む。頬は濡れていない。雨も降っていなければ、世界も終わっていない。空は快晴。とても澄んだ青空だった。皮肉。こんなに辛くても世界はいつも通りに動いている。
 帰れと言われたのに、足が動かない。ここから去りたくない。体はそれがわかっていた。頭とは裏腹に、心に忠実だった。
 沈黙。なにも、本当になにも聞こえなかった。
 鳥のさえずりも、虫の鳴き声も、呼吸の音さえ。全てが失われた世界に立っていた。
 桜田が背を向ける。乾いた足音が響く。
 小さくなっていく背を、見つめるしかない奏。
 呼び止めたいのに、その術がわからなくて。
 叫ぶ名前さえ、知らなかった。

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