桜が散るその日
―にいさま。この子のなまえ、なんていうの?―
小さい頃の思い出。兄様が怪我をした小鳥の看病をしていたときの記憶だった。
どうして、今思い出すの?
―さあね。俺にはわからない―
―なまえをつけてあげないの?―
飼っているのなら、動物に名前を普通はつけるものだ。
―つけないよ―
―どおして?―
質問ばかりする奏に、兄様は苦笑いした。
―名前を呼んで愛着がわいてしまったら、離れがたいだろ―
小さい奏でもわかるぐらい、兄様はその鳥を気に入っていて、その鳥も兄様になついていた。ずっと、飼うものだと思っていたのに。
―にいさまのなのに―
―俺のじゃないよ。怪我が治れば、この子は自分の巣に帰ってしまうからね―
ちちちっと兄様の手の上で、鳥がかわいらしく鳴いた。居心地が良さそうに。
しばらくして、その取りの怪我は治り、空に飛んでいった。
兄様と一緒に世話をしていた奏は、去っていく鳥を見て泣いたものだ。名前がなくとも
あの子との生活がいつの間にか当たり前になっていて、それがなくなるのは寂しいものだった。
あの子は今どうしているのだろう。あれ以来、姿を見せない。