桜が散るその日
 そういえば、父様の病気を診ていたのも桜田先生だった。なにも話さなくても桜田先生には、この家のことはわかっているのだろう。奏よりも奏の体のことの知っているだろうし、奏より家族のこともわかっているだろう。客観的に見ると、きっとわかりやすいんだろうな。桜田先生はずるい。桜田先生は大人で、いろんなことを知っていて。ずるい。なにもなくても桜田のそばにいられるし、桜田のこともきっと奏よりわかっているのだろう。
 奏は桜田先生が羨ましくて、なにも知らなくてわがままでなにもできない自分が悔しかった。
「お腹はすいていないかい?かゆでも作ってくるかね」
お願いしますと桜田先生に言って、母様が立ち上がった。いつもはあんなに厳しいくせに、今はこんなに優しくしてくれるなんて。そう母様をからかおうとしたけれど、やめておいた。母様のあんなに嬉しそうな顔を崩すことないと思って。なにがそんなに嬉しいのか、母様は本当に子供みたいに無邪気というか、かわいらしく微笑んでいた。
 こんなに可愛くて若い人が奏の母様なんて、少し疑ってしまう。
 ぱたぱたと忙しそうに去っていく足音に、くすぐったい気持ちになって思わず吹き出した。母様は本当に心配性の優しい人なんだから。
「ああ。笑顔はなににも勝る良薬ですよ」
桜田先生も穏やかに嬉しそうに微笑んだ。みんな、どうしてそんなに心配性なんだろう?体は弱いけれど、そんなに大きな病気をした覚えはないのに。母様が奏に隠していない限り、奏は大きな病気をしていなかった。
 実際、生死だって彷徨ったことなんかない。
 みんなが大げさだから、昔、自分は大きな病気を持っているのではないかと思った。朝には起きられないのではないのかと思って、夜も眠れなかった。ついには母様と桜田先生に詰め寄ったぐらいだ。私はどんな重い病気にかかっているのか、いつまで生きられるのかと。
 実際、桜田先生と母様が言うには、重い病気にかかっているわけではなかった。ただ、人より体が弱いだけだと。父様の病気が感染するものだったから、もしかしたらと思っての配慮だと。
 それを知ったときは、本当に恥ずかしくて、情けなくて。
< 31 / 54 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop