桜が散るその日
 手を捕らえたままの桜田先生は案の上、心配そうに奏の顔をのぞき込んでくる。ここでひるんでは元も子もないぞと自分に活を入れる。元気な笑顔を必死に維持をする。
 しかし、それは簡単に崩れる。
 だって、桜田先生の顔、それだけじゃない背景まで、桜田と初めて合ったあの時に重なって見えたのだから。桜田が額を冷やしてくれようとしたときに。
 あの時も、こんな感じだったなと懐かしくなって笑顔が違う笑顔に崩れる。
 それを見た桜田先生は驚いたみたいだけど、作り物じゃない元気な奏の姿を見て安心したようだ。
 手がそっと離される。なんだか恥ずかしかったけど冷たくて気持ちのよかった手が離れた。あの時の桜田の手も冷たくて気持ちよくて、離れがたかった。
「桜田先生も、心が温かい人なのですね」
桜田にも言ったこと。迷信だとか、そんな気はしなかった。事実、心が温かかったから。本当に不器用だったけれど、優しくて優しくて。
「なんですか?それは」
桜田先生は大人のくせに、かわいらしく首をかしげた。それはもう、小動物みたいに。
 桜田と違う反応。わかっていたのに。いくら親子だって違う人なんだから。他人に、彼を探してはいけない。いくら、もう会えないからといって、そんなことはいけない。
 ここが現実で、あそこは夢。
 夢はいつか覚めるもの。覚めてしまったら、同じ夢は見られない。忘却するだけ。
 夢で生きていくことなんてできない。
 夢は夢でしかない。現実で生きていくことしか、できない。
 いくら望んでも。
 でも、望んで叶うのなら、いくらだって望めるのに…。
 もう会えないだろう、桜の人。
 現実で、生きていかなくてはいけない。いつまでも優しい夢に浸っていてはいけない。
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