桜が散るその日
奏の足の足の裏は、短い草が生えている地面を踏みしめていた。奏の体は心の操り人形になっていた。嘘をつくことも、隠し事もできない。戸惑った。でも、歩を進めるたびに心はすっと軽くなって満たされていく。
着物の着崩れも、髪の乱れも気にせずに駆けだしていた。
彼への道を間違えることも忘れることもあるはずがなかった。夢へとつながる穴は、以前に比べて小さくなったような気がした。
ああ、薄桃色がひらひらと舞っている。今年も、もうすぐ散ってしまうのね。
木のざらざらした感触に行き当たるのはすぐだった。
彼がすぐそこにいる。バイオリンの音も、すぐそこに。そこに、いる。
すっと開かれた黒い瞳。白い肌。制服なのだろうか。真っ黒い洋服。
あの時と変わらない綺麗な世界。温かな気持ち。穏やかな気持ち。彼しかいないという気持ち。
風が揺れる。全身で受け止めるぬくもり、もう一つの鼓動。息づかい。どちらともなく、抱きしめた。
「奏」
彼に初めて名を呼ばれた。それだけなのに、胸が温かくなった。嬉しくて幸せで、ちょっとくすぐったくて。悩んでたことが溶けて消えてしまえるような、そんな気がした。
夢を見ているのでは?そう疑ってしまう自分がいた。
でも、夢ならばどうして彼がこんなに近くに感じられるの?ぬくもりも心も全て。こんなにも心が揺れ動くの?嬉しいのに悲しくて。幸せなのに辛くて。安心するのに不安で。
それは、夢じゃなくて現実だから。これも、現実なんだ。夢ではなく、今という現実。
もう離さないで。二度と離れないで。もう離さない。離したくない。このまま2人で 薄桃色の花びらになって消えてしまってもいい。
これは、本当に願ってはいけないことなの?
どうか、これが現実で永久につづきますように。夢ならば、覚めませんように。
腕の中にいる彼がこんなにも愛しい。腕に力を入れて強く強く抱きしめる。彼も同じように抱きしめ返してくれる。奏は彼の胸に、桜田は奏での首元に顔を埋めた。
あなただけ想って生きていたい。そのためなら、なにもかも捨ててしまってもいい。
それは………
ユルサレルノ………?