桜が散るその日
薄桃色の雪に包まれるように2人は横たわっていた。見たくないものを見ないように目を閉じて。自分の気持ちさえわかっていればいい。そして、それが伝わればいい。2人の手はきつくつながれていた。
幸せそうな恋人。そんな風に言えるのだろう。この場面だけを見るならば。
本当にそうならば、どれだけいいのだろう。奏はうっすらと瞳を開き、彼を見つめる。
眠っているような穏やかな顔。すぐそこにいる。桜の君。本当にその言葉が似合う人。奏は微笑んで、つないだ手に力を入れた。彼の目蓋は少しも動かない。本当に寝てしまったんじゃないのかと思った。もう、目を開けないと決め込んだのかもしれない。
そうだよね。こんな現実は見たくない。夢だけを見ていたい。
そっと、彼の髪を梳く。さらさらして、そこらの女の子よりも綺麗な髪。いつまで、こんな子供の戯れみたいなことができるんだろう。いつか、こんな風にふれあえない日が来るのだろうか。
すすっと、手を頬の方に持って行く。柔らかくてさらさらして暖かい肌。
「いつか、バイオリン奏者になってね。一流のよ。そうして、私を連れて行って」
夢のような願い。奏のもっとも望んでいる未来。
現実がどうであろう、奏は願い続ける。それしかできないのなら望み続ける。
聞こえているくせに、寝たふりを続ける桜田。
そんなのお構いなしに、優しい声で奏は言葉を紡ぐ。
叶わないとわかっている未来を。唯一願う未来を。
「私のそばにずっといて。バイオリンを、あの曲を奏でていて」